2006年冥王星が惑星ではなくなったことは、皆さんご記憶だと思います。そのニュースと同様に、昨年テレビを見ていてショックを受けたことがあります。日本テレビ系列で放送している「世界一受けたい授業」という番組で、日本史が「変わっている」ということを解説していました。高校を卒業したのは、ウン十年前になりますが、そのころと今とでは教科書で教えられる内容が変わっているということです。
具体的に言うと、人類は200万年前に出現したと教えられたのが、現在では500万年前となり、「イイクニつくろう鎌倉幕府」とゴロ合わせで覚えた1192年が、現在では1185年には実際的に幕府が「確立」しており、1192年には名実共に成立したというように、言い回しが微妙になっている、などが挙げられます。また、これ以外にも諸説が存在します。 ウィキペディア「鎌倉幕府」の項参照。 (ウィキペディアでは更にこの時代の幕府という政権形態にさえ、疑問を呈しています。)
こういったことは、なぜ起こるのでしょう。これまで何十年も変わらなかった定説が覆ってしまうような発見があったのでしょうか?なかなかそうは思えません。国際天文学連合が矮小星とする決議を出した冥王星のように、はっきりした理由がある訳ではなさそうです。むしろ、以前からそういった説はあったけれども、わかりにくいので、1192年を鎌倉幕府の成立年としていた。もしくは、昔の文献にそう書いてあった。そしてそれを支持する人が多かったと解釈したほうが自然な気がします。
ものの見方が変われば、ものの価値は変化します。小学生の頃、夢中になって集めていたものに牛乳のフタがありました。それをメンコがわりにして、遊ぶことがクラスで流行っていたのです。いっとき、それはお金のようにやりとりされたこともありました。しかし、その遊びにみんなが飽きたとき、それはただのゴミになっていました。
いままで常識だったものが、非常識に変わってしまう。そんなことを、日々のニュースで思い知らされる今日この頃です。
2007年1月記
2003年度から新設された教科として、「情報」があります。この「情報」は普通教科としてA、B、Cに分けられ、さらに専門教科として「情報」が設定されています。
情報Aのこの本には副題としてFoundation of ICTとあります。ICTはInformation and Communication Technologyの略で、先の副題は情報通信技術基礎、とでも訳せばいいでしょうか。一昔前であれば、専門分野の仕事であった情報も、現代では必要なスキルであると考えます。私たちが高等教育を受けたときにはない教科が、必要と申し上げる理由には、コンピューター並びにインターネットの普及があります。私が高等教育を受けたころには、個人が情報を得る手段としては、書店、図書館やマスコミくらいのもので、しかも手に入る情報はその量や質に乏しく、地域による格差もありました。今やインターネットにより、個人が収集できる情報は膨大な量になり、それを処理するツールとしてコンピュータが必須になったわけです。
情報がデジタル化された事により、その扱いがより簡単になっていますが、それに伴う問題も発生しています。この教科書では、それらの問題に対する心構えをふまえた、情報の扱い方を説明しています。この本は私がこれまでに見たIT関連の理論的入門書として、よくまとまっており、基礎知識としては十分な内容だと思います。「理論的」と申し上げたのは、パソコンの操作などハード面での解説が抜けているからです。これはこの本に限ったことではなく、「情報」という教科の設定のためです。特定の企業に利することを避けていると思われるのですが、特定の企業が9割を独占している実情とは乖離(かいり)している印象があります。このことが、デジタルディバイド(情報格差)ひいては教育格差を生むことがないよう願っています。
2007年4月記