私が小学生のころ、国語の時間は二通りありました。ひとつは普通の教科書を使ってすすめる音読を基本とした授業。もうひとつは文法を教える授業です。それが2年生だったか、もっと高学年だったかははっきりおぼえていませんが、文法はたのしいものではありませんでした。言葉を分類することに、なんとなく違和感があったからです。今思うに、おそらく「後付け」の理屈のような気がしたからでしょう。
現在の教科書は私のころよりも、多角的な教え方をしているように見受けられます。学習をすすめる手引きとして、かるたを作ることを勧めてみたり、テープに録音して聴き合うことを勧めてみたり、漢字の書き取りに至ってはゲームのようです。へんとつくり、かんむりとあしに分けられた漢字を組み合わせて、正しい漢字をつくっていくといった問題がのっていたりします。さらに「ことばのポケット」というふろくの資料ページでは、発声方法まで解説しています。
どうやら読み書きや文法など、いわゆる「国語」としての日本語だけではなく、もっと広い意味での国語教育になってきつつあるようです。NHKや民放の番組にも、国語をクイズ形式にした番組が多くあります。国語の前提にある、いわゆる常識や習慣、理解力などを問う出題が目立ちます。われわれは国語という呼び名が=日本語であるため、意識をしていませんが、公用語が複数ある国は珍しくありません。(ちなみにアメリカの公用語は州によって異なっているそうです)アイヌの人たちや在日外国人にとって「国語」と呼ぶよりも日本語といったほうがわかりやすいので、日本語に改名すべきだとする議論があります。文化を含めて教育するという意味において、その方がわかりやすいのかもしれません。
2007年1月記